2015年4月1日から性的マイノリティを尊重する条例が施行されました。中でも注目されたのが、自治体が同性間のパートナーシップを認めて発行する「パートナーシップ証明書」です。
法的な拘束力はないものの、渋谷はそれまで家族向けの区営住宅へ同性カップルが入居することを認めていませんでしたが、パートナーシップ証明書があれば入居を認めるようにするなどの変化もあり、今後は携帯電話会社の「家族割サービス」の適用なども期待されています。
開始当初は渋谷区と世田谷区のみでしたが、2018年4月には7つの自治体にまで広がり、2022年現在では日本全国240以上の自治体でパートナーシップ制度が設けられています。
今まで多くのカップルがこの制度を申請し、利用してきていますが、実際にはまだ多くの方がこの制度や証明書について、具体的にどのような変化があったのかということはあまりご存じないかと思います。
そこでこの記事では、渋谷区のパートナーシップ証明書がもたらした変化を「賃貸住宅」という視点に注目して解説していきたいと思います。
総合不動産会社
目次 -INDEX-
そもそも渋谷区パートナーシップ証明書とは
出典元:https://www.sankei.com/premium/photos/150509/prm1505090011-p1.html
日本では、同性同士の婚姻は認められていません。そのため、同性カップルは民法上では配偶者になることはできず、不利益を被る場面も多くあります。
同性カップルが被る不利益を打破するために誕生した渋谷区パートナーシップ証明書について、まずは以下の項目で分かりやすく説明していきます。
同性間のパートナーシップを認めるもの
渋谷区パートナーシップ証明書とは同性間のパートナーシップを認めるもので、2015年4月1日から施行された渋谷区男女平等、及び多様性を尊重する社会を推進する条例によって交付される証明書のことです。
パートナーシップ証明書自体は2015年10月28日に申請受付を開始し、11月5日から発行されています。
日本では法律上の性別が同じ2人は結婚することができませんが、同性同士で愛し合うことは犯罪ではなく自由です。しかし、同性カップルが法的に結婚できないことで、以下のような不利益を被るケースがあります。
- 相続権などの権利が民法で保証されない
- 同じ国で暮らす資格を受け取ることができない
- 入院や手術の手続きや面会ができない
- 生命保険の受取人に指定することができない
結婚していれば例え遺言がなかったとしてもパートナーが残した財産を受け取ることができますが、同性カップルではそれはできません。同じ国で暮らす資格を受け取ることができない、手術の面会や手続きができない、生命保険の受取人に指定することができないという問題も、すべて結婚していないからというのが理由です。
同性カップルは男女のカップルのように愛し合っている大切なパートナーであるにも関わらず、結婚しているかどうかだけで上記のような不利益を被ります。
パートナーシップ証明書は法的な拘束力こそないものの、男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備えたものなので、このような現状に変化をもたらす制度として高い注目を集めています。
申請者の条件
渋谷区でパートナーシップ証明を申請する場合は、双方が以下の条件にすべて該当している必要があります。
- 渋谷区に居住し、かつ住民登録がある(申請時に2人の住所は別々でも問題ない)
- 18歳以上
- 配偶者またはパートナーがいないこと
- 近親者ではないこと
上記条件を双方がすべて満たしていなければ、渋谷区パートナーシップ証明書は申請しても通りません。
男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備えるというのが、パートナーシップの定義です。これが自治体を通じ、社会的に認められるというのは、とても大きなことであると言えるでしょう。
実際、パートナーシップ証明書を提示すれば生命保険の受取人を同性パートナーに指定することができ、夫婦と同じサービスを受ける事ができたり、共同でローンを組めるようにすることを認める銀行なども出てきています。
発行までの流れ
続いては、渋谷区パートナーシップ証明書を実際に発行するまでの流れを説明していきます。
- 【申請】
申請される本人が、必ず2人で申請書類を持って区役所住民戸籍課窓口で受付。 - 【内容確認(審査)】
区長が、パートナーシップ証明書を交付する要件を備えているかどうかの審査をします。審査終了までに要する時間は、大体3日程度。 - 【証明書発行】
申請した時に渡される受付票兼証明書交付引換証に受取可能日が記載されていて、その日以降に住民戸籍窓口へ行くと、証明書を受け取ることが可能。
上記のような流れで、渋谷区パートナーシップ証明書を発行できます。
注意点としては、必ず2人で受付に行かなければいけないという点と、郵送等での申請は受け付けていないという点です。必要書類を持って必ず2人で窓口へ行き、審査を通過してから発行となります。証明手数料として300円の手数料が必要であり、発行される証明書は1通のみです。
審査の際に必要となる書類は、以下の2点です。
- 申請者それぞれの戸籍謄本又は戸籍全部事項証明書
- 公正証書の正本又は謄本
公正証書の正本又は謄本は、原則として任意後見契約の公正証書と合意契約公正証書の両方の正本又は謄本が必要となります。
同性カップルが賃貸住宅を借りにくいのはなぜ?
そもそも何故、同性カップルは賃貸住宅を借りにくい状況にあるのでしょうか。その理由をここからは解説していきます。
認知の甘さ
賃貸契約を結ぶ際には、合意の上で賃貸借契約を結び、物件に入居します。
この賃貸借契約の中には、大家さんの許可なしに借り主が勝手に他の人を同居させたり又貸ししてはいけないということが定められているのが一般的であり、同居人がいる場合には予め契約書に同居人について書いておかなければなりません。
日本の場合、家族や婚約者であれば認められるものの、同性パートナーが認められるケースは少なかったと言います。一昔前に比べればLGBTに対する理解は深くなっているものの、まだ認知は甘いと言わざるを得ません。
これは、もし早期にパートナー関係が解消となってしまった場合、一人だけでは賃料が滞ることになるかもしれないということや、近隣住民とのトラブルを避けたいなどの不動産会社のリスク回避が理由になっていると考えられます。
同性カップルに対する認知の甘さにより、長期間に渡りこの家に住み家賃を払い続けることが可能なのかどうかという点において疑念を抱いてしまう大家さんが多いというのが、同性カップルが賃貸住宅を借りにくい状況になっている大きな原因です。
これまでもトラブルはなかったという声も
しかし、実際には「同性カップルの入居でトラブルになることはなかった」という声も多くありました。下記は、条例の施行からおよそ一月後の2015年5月9日に産経ニュースに掲載された記事からの一部抜粋です。
たびたび同性同士の入居申し込みはあるが、「自分たちはカップル」と告白することは、まずない。2人の関係については、家賃を負担し合って生活をともにする「ルームシェア」と家主に報告する。「判断するのは家主だが、条例ができても変わらないと思う」と男性は言う。
別の不動産会社も「(同性カップルの場合も)ルームシェアという扱いでこれまでも全て受け入れている。入居を断られるといったトラブルは聞いたことがない」。
これまでも多くの同性カップルはルームシェアであると大家さんへ報告し、何のトラブルもなかったとのことです。
しかしながら、パートナーシップの定義である『男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備えた関係』と『同性同士の単なるルームシェア』ではその意義は全く異なります。
既にご紹介の通り、施行から数年経った現在ではパートナーシップ制度を導入している自治体は70を超えており、今後もその数は増加していくことが考えられます。
制度が大きな広がりを見せ、パートナーシップ証明書が今まで以上に積極的に活用されていくことになれば、それと共に社会も変わっていくことになるのではないでしょうか。
パートナーシップ証明書で賃貸はどう変わった?2つの視点から解説
従来の同性カップルの暮らしの中にあった、多くの壁を取り除く可能性を秘めたパートナーシップ証明書。ここからは、同性カップルが入居可の物件やファミリー用物件などに住む際に、どのような変化が起こりえるのかということを、部屋を借りる入居者から見た視点と、部屋を貸すオーナーから見た視点でご紹介していきたいと思います。
入居者視点の変化
入居者からすれば、二人入居可の物件に住む際、異性同士で結婚した2人で住むのも、同性カップル2人で住むのも、友達と2人で住むのも同じことですが、借家人の権利においては、夫婦の場合と他人同士の場合とでは大きな違いがあります。
配偶者の場合には、民法によって定められた「相続権」があります。もしも物件を契約していたパートナーが何らかの理由で亡くなってしまった場合でも、配偶者は相続権によって賃借権を合法的に相続することができるため、そのままの条件で今まで住んでいた家に住み続けることが可能です。
異性同士の場合であれば、婚姻届を提出していなかったとしても内縁として認められれば賃借権を相続することができます。
対して同性カップルの同居の場合は、配偶者になることもなければ内縁となることもありません。そのため、パートナーが亡くなったとしても賃借権は相続されず、事前にオーナーに承諾を得ていれば問題は無いものの、もしも承諾を得ていなかった場合には大きな問題に発展してしまうケースもあります。
承諾を得ていなかった場合、オーナーからすれば同居人は契約者でもなんでもありませんから、「契約者の家に勝手に住み着いていた人間」ということになってしまいます。オーナーに「すぐに出て行ってほしい」と言われても、拒否することができない状況に陥ってしまうのです。
しかし、パートナーシップ証明書があれば、契約者のパートナーであるということで、オーナーに交渉することができるようになります。法的拘束力はないものの、自治体の発行するきちんとした証明書ということで、交渉の余地が生まれるのです。もちろん、トラブルを回避するためにも事前にオーナーに承諾を得ることはとても重要です。
渋谷区ではパートナーシップ証明を受けるためには任意後見契約公正証書と合意契約公正証書という公正証書の提出が必要となるため、誰でも簡単に申請して、証明書を発行できる訳ではありません。だからこそ、それ相応の効力を発揮することが期待されています。
オーナー視点から見た変化
オーナー側目線で考えると、異性カップルにせよ同性カップルにせよ、しっかりしていて家賃の支払いも滞りなくなく、物件を大切に使ってくれて、近隣トラブルを起こさない方であれば歓迎するという方が多いかと思います。
しかし、オーナーさんの中には、さまざまな理由から友達同士や同性カップルでの入居は断っているという方もいらっしゃるでしょう。それはあくまでオーナーさんの方針ですから問題がある訳ではありませんが、パートナーシップ制度について考えてみると、また少し話が違ってきます。
パートナーシップ制度を導入する自治体が増えているということは、社会的にその必要性が認められているということを意味しています。つまり、それを断るにはそれなりの合理的な理由を求められる可能性が出てくるということです。
パートナーシップ証明書を持っている同性カップルに対しては、婚姻に準ずる法的権利を持っていると考えた上で対応を行うようにすると良いのではないでしょうか。
まとめ
渋谷区と世田谷区から始まり、当時は大きな話題になったパートナーシップ制度ですが、現在では日本全国各地の自治体にまで広がっており、今後も制度を導入する自治体は増えていくことが予想されます。
婚姻やパートナーシップは当事者同士の問題ですが、それを条例や制度にして社会として受け入れるようになると、当事者同士の問題だけに留まらない社会全体の課題となります。
渋谷区パートナーシップ証明はスタートから7年を迎え、これまでに多くの同性カップルが交付しています。性的マイノリティの人権課題への取り組みは着実に広がっており、多くの同性カップルが社会に認められています。
誰もが快適に住むことができる街、国にしていくためにも、今後も注目していかなければならない問題であると言えるでしょう。